2018/11/05 17:05

秋田県のみなさん、こんにちは。

まだ私の事を知らない方も、今後知ってくれる方も、今現在支えて下さっているお客様も、このブログに辿り着いてくださりありがとうございます。
スタイリスト柴田の生い立ち。後編になります。誰が興味あんねん(笑)
念願の夢であったスタイリストのアシスタントに晴れてなれたわけですが、こんなにも厳しい世界だとは夢にも思いませんでした。ほとんど給料もなく、当然休みも睡眠時間もなく馬車馬のように働かされる。ブラック中のブラックです。でも3年~5年耐えれば徐々に師匠のもとから独り立ちさせていただけるようになり、お仕事をひとつ達成すれば田舎のサラリーマンの年収のようなお給料が一瞬でいただける。まさに夢のようなお仕事。そして常に一流の服に囲まれ、モデルさんやタレントさんと一緒のクルーになれるまさに華やかで煌びやかな世界。でも…そこの地位にいけるのはごくごくわずか。だいたいのアシスタントは3日で逃げると言われておりました。不眠で準備をし、現場に行き、返却の準備を不眠でやる。そのルーティーンワーク。そんな世界を私は2年以上耐え続けました。が、業界の肉体的な日々のいじめや親父の他界などが重なり、精神が限界を迎え、ついに辞める決心をしました。東京タワーを目の前に、田舎に帰ろうと。苦渋の決断でした。あと少し耐えれば…夢は掴めるのに…。後ろ髪を引かれる思いでバイクを秋田に走らせました。地図も見ないでひたすら野宿しながら東北を目指しました。ちょうど福島駅あたりで故郷の親友たちに電話をしました。その時のみんなの言葉は本当に温かかった。「おめが帰ってきてけでうれし。」いまだにそいつらとは飲んだらその時の事を話します。
そこからすぐに地元の老舗のセレクトショップさんに拾っていただき、5年ほど販売のいろはを叩き込んでいただきました。その後、帰ってきた当初からの夢であった自分のお店を持ち、おかげさまで今5年という月日が経過しました。その10数年というトキの中でアパレル業界はガラッと変わってしまいました。我々が洋服を学んでいる時代は誰がハイブランドを買わずに、ファストファッションを着ていたでしょうか。誰がネットショッピングでトータルコーディネートしていたでしょうか。今では完全に市民権を獲てしまっています。もう蓋をできないところまできています。
では、この時代に我々セレクトショップ側は今何を提供しなければいけないのか。
ネットにはできないサービス。現場で1対1でできるサービス。モノ(商品)を売るのではなくコト(経験)を売るのです。そこで私は考えました。自社という枠を越え、自分がこれまで業界で身に着けてきた経験と知識をお客様に販売しようと。モノが溢れた時代に、その中からお客様に一番合った最良の商品をその場に行って一緒に選んでさしあげようと。一番の相談相手になろうと。それこそが地元の皆さんへの恩返しになるのではないかと考えました。いつでも呼んでください。NEVERMIND STYLING SERVICE(ショッピング同行サービス)。よろしくおねがいいたします。